弁護士業界におけるネット集客は、一般民事・家事・刑事など個人をクライアントにする場合にはかなり浸透しつつある一方、企業法務の世界ではまだまだ浸透しているとは言えない状況にあると思います。
目次
1 なぜ企業法務の世界では浸透していないのか
では、なぜ企業法務の世界ではネット集客が浸透しないのでしょうか。私なりに思い付いた理由をいくつか挙げます。
① 弁護士とすでにつながっている
個人の場合、弁護士の知り合いがおらず、自身に起きた法的な問題をどの弁護士に相談したらよいかわからないということが多いかと思います。結果として、アクセスが容易なネットから情報を仕入れ、ネットでみつけた弁護士に相談に行く、というケースが多く生じます。
一方で、企業の場合、特にその企業規模が大きければ大きい(または歴史がある)ほど、すでにお付き合いのある弁護士がいる場合が多いです。そういった場合、わざわざネットでみつけた弁護士に相談をする必要はありません。仮に、お付き合いのある弁護士が取り扱っていない分野の相談であるとしても、いきなりネット検索をするのではなく、まずはお付き合いのある弁護士に相談して、そこから別の弁護士の紹介を受けるというのが一般的でしょう。そのため、ネットで弁護士を探す必要がそもそもないという場合が多いのだと思います。
② 弁護士とつながりやすい
すでにつながっている弁護士がいないという場合にも、企業は個人に比べて弁護士にアクセスするチャネルが豊富です。
たとえば、企業には、顧問の税理士やその他の士業等のアドバイザーなどがいることが一般的ですので、そういったアドバイザーから弁護士を紹介してもらうという選択肢があります。それ以外にも、経営者同士のつながりで弁護士を紹介してもらったり、交流会やセミナーなどで弁護士と知り合ったりと、弁護士とつながる機会は、個人と比べてより多くあるのが一般的です。
このように、企業には、弁護士とつながる方法として複数の選択肢があり、わざわざネットで弁護士を探す必要性に乏しいと考えられます。
③ 情報の非対称構造が起きにくい
個人の場合、弁護士と接触する機会が少ない結果、弁護士の良し悪しを判断することが難しいという実情があると思います。結果として、個人の場合には、ネット上からわかる簡易な情報、たとえば、検索で上位に上がってくるか、ウェブサイトがしっかりしているか、といったようなわかりやすい情報で弁護士を選択することが多くなりがちです。つまり、弁護士側からすれば、仮に経験が乏しい弁護士であったとしても、SEO対策を行う、ウェブサイトをきれいなものにする、といった営業上の努力で一定の顧客誘因力を得ることができます。
一方で、企業の場合、経営者や法務担当者は、個人の場合と比べて、普段から弁護士とやりとりする機会も多く、弁護士の実績や評判、スキルを比較的把握しやすい状況にあります。特に、大企業の場合には、複数の法律事務所を使い分けている場合もあり、こういった場合には、その傾向がより顕著になります。このようなことから、企業は、ネット上からわかる簡易な情報だけで弁護士への依頼を決めるということは起きにくいと考えられます。つまり、弁護士側からすれば、上記のような営業上の努力をどんなにしたとしても、その分野での実績等が乏しければ顧客誘引力を得ることが比較的難しいといえるでしょう。
④ 価格競争になりにくい
これも情報の非対称性の要素の一つなのですが、個人にとっては、相談(依頼)する弁護士を選ぶうえで、価格以外の要素の違いがわかりにくいため、価格が安い(安そうに見える)だけでその弁護士に依頼する可能性は高まる傾向があると思います。つまり、弁護士側からすれば、価格を下げてしまう(わかりやすいところでいえば、初回相談を無料にする)ことだけでも一定の顧客誘因力を得ることができます。
一方で、企業の場合には、個人に比して案件規模が大きい場合が多く、弁護士のフィーは、案件におけるリスクに比べると大きな問題ではない=価格が低いことは依頼を決めるうえで必ずしも決定的な要素ではない、という場合が個人に比べて多いと考えられます。最近は大手事務所も価格競争の時代に入ったと聞きますが、それでも依然として、個人の場合に比べれば、企業の弁護士選択における要素として価格が占める割合は相対的に低いと思われます。つまり、弁護士側からすれば、価格を下げることによって顧客誘引力を得ることが比較的難しいといえるでしょう。
⑤ 依頼可能な法律事務所のリストがある
これは、大企業にありがちですが、企業があらかじめ依頼可能な法律事務所のリストを作っていて、そのリストにない事務所はそもそも選択肢に入らないという場合があります。仮に、リスト外から依頼する法律事務所を選ぶ場合には、なぜその事務所を選んだか、という積極的な理由が必要となるので、企業の法務担当者としても、リストから事務所を選ぶ方が楽なわけです。
このような場合、弁護士がいくらネット集客をしていても、そもそも選択肢に入っていない、ということになるのです。
2 企業法務分野でネット集客は不可能?
では、企業法務の世界ではネット集客は不可能なのかというと、私は、そうは思いません。
以下では、ネットと親和性のある企業法務分野について私なりに考えたことを書いていきます。正直、そこまで突っ込んだことを書いているわけではなく、巷でよく言われていることをまとめた程度のものですが、ご一読いただければ幸いです。
まず、前提として、一口に企業といっても企業規模は様々であり、企業規模に応じた方法を考える必要が必要であると思います。
① 中小企業
あくまでも一般的傾向ですが、中小企業、特に昔からある老舗の中小企業は、そもそも弁護士を使うニーズが少ない(本来的には弁護士を使うべき場面でも弁護士を使う必要性を認識していない、という場合を含みます。)ところが多いように思います。したがって、月に5万円も10万円もかかるような顧問弁護士は不要、あるいは、昔からの付き合いで顧問弁護士はいるもののそこまで使わないのに固定費用が無駄であると感じている、という企業が多いという印象です。したがって、このような中小企業をネット集客の対象にするのは難しい側面があります。
一方で、大企業と比べると、「1」で述べた要素がいずれも比較的弱いので、その意味では、ネット集客との親和性があるといえます。中小企業をターゲットとするネット集客の戦略として、私が思いつくのは以下の2つです。
まず、1つ目として、紛争が生じてしまった場合などの「有事」の際のニーズを狙うという方法です。たとえば、従業員から残業代請求を受けた場合などです。このような場合には、普段は弁護士のニーズがない中小企業でも、弁護士を使うことを検討せざるを得ません。したがって、「企業側で残業代請求を受けた場合」に備えたサービスを用意しておくことで、こういったニーズのある企業にリーチできる可能性が高まると思います。
次に、2つ目として、上記で述べた「月に5万円も10万円もかかるような顧問弁護士は不要、あるいは、昔からの付き合いで顧問弁護士はいるもののそこまで使わないのに固定費用が無駄であると感じている」という企業にアプローチする方法です。こういった企業でも、全く法務ニーズがないという場合はあまりないでしょうから、いざという時にはやはり弁護士を相談できるようにしておきたいという限度のニーズ(「有事」ではなく、「平時」のニーズ)はあると思います。こういったニーズを意識してなのか、最近では、月額顧問料が低額(1万円以下)の顧問契約というのを多くみかけるようになりました。月額固定費用はあまりかからないけれど、いざという時に弁護士に相談できる(それに加えて、「顧問弁護士がいる」というステータスを手に入れることができる)、というのは中小企業にとって魅力的な商品であると思います。なお、このように月額顧問料が低額な商品は、顧問料の範囲内で対応できる稼働時間を極端に短くしている場合が多く、顧問料を収益に結びつけるというよりは、潜在的顧客の囲い込みを主な目的としている場合が多いと考えられます。
② スタートアップ・ベンチャー
スタートアップやベンチャー企業は、新しい業態でビジネスに参入することが多いことから、業法規制に対応する必要があり、また、VCなどの投資家からの監視もあって高い法令遵守意識を求められることもあり、中小企業よりもむしろ法務ニーズはある(法務ニーズを意識せざるを得ない)ものと思われます。
そして、大企業と比べると、「1」で述べた要素がいずれも比較的弱いので、ネット集客との親和性が一定程度あると思います。私の個人的経験ですが、あるベンチャー企業経営者の方と話した際に、「弁護士探しには苦労した。法律事務所の食べログみたいなサイトがあったら簡単に弁護士をみつけられるのに。」とおっしゃっていて、このように思う経営者の方は多いのかもしれません。
中小企業同様、「有事」と「平時」でそれぞれサービス設計をすることも考えられますが、中小企業に比べて、平時も有事(紛争の場面だけでなく、資金調達などのイベントも多い)も弁護士ニーズが高いため、平時も有事もワンストップで対応できる弁護士がより魅力的な存在に映ると思います。また、特に創業期は資金力が十分でない場合が多く、価格(「1」の「④」。特に、固定でかかる費用)が弁護士選びにおいて重要な要素となると想像します。加えて、ベンチャー特有のスピード感に対応できることも望んでいるでしょう。
したがって、ネット集客においても、こういった「ワンストップ」、「安価」、「スピード感」を謳った売り出し方をすると親和性が高いのではないかと思われます。スタートアップ・ベンチャーに特化したいわゆるブティック型の事務所であるとか、ブティック型ではなくとも事務所としてスタートアップ・ベンチャーに特化したチームを組成していることをアピールするなどの手段が有効と思われます。「安価」であることの課題は、収益化するハードルが高いことですが、この領域に特化することで業務を効率化して1件当たりにかける工数を減らす、という意味でも専門特化にはメリットがあると思います。
③ 大企業
大企業については、「1」で述べたことが最も妥当し、ネット集客が最も馴染みにくい部類の企業であると思います。特に、大企業からジェネラルな顧問契約を取るのは、ネット集客では非常に困難ではないかと思われます。しかも、大企業は、大手事務所を顧問としている場合が多いため、競合先は大手事務所ということになり、特に新興の事務所にとって、一層ハードルは高いものと思われます。
したがって、法律事務所が大企業に対してネット集客をするのであれば、受注する案件の種類を絞って売り出すしかないのではないかと思っています。つまり、大手事務所では扱っていないような極めてニッチな分野に絞って集客したり、大手事務所には依頼するほどではない専門性の高くない種類の案件を安価な価格で受注することを売りにして集客したりするという方法等です。
3 企業法務とネット集客
まだまだ私も勉強中ですが、上記のような特徴を踏まえて、企業法務分野でネット集客するためには、以下の点に留意するとよいのかなと考えています。
① リーチする企業規模を絞る
上記のとおり、企業規模によって、特性が大きく異なるため、全ての規模の企業に受けることを目指すのではなく、企業規模を絞った集客を行うべきと考えます。もっといえば、業種などを絞って集客することも考えられるところです。
② 価格とサービス内容を明確化する
企業法務分野では、タイムチャージが一般的ですが、タイムチャージは依頼する側からすると実際にかかる費用が読みづらく、依頼を躊躇する場合があります。実際の案件では、個別に費用にキャップ(上限)を設定することもあると思いますが、ネット集客の場合には、どのような個別対応をしてくれるか明確でないとやはり依頼を躊躇すると思います。このあたりについては、もう3年以上も前ですが、この記事(https://www.businesslawyers.jp/articles/644)でも語っています。
一般民事分野では価格を明確化する(それに伴ってサービス内容も明確化する)ことが行われていますが、企業法務分野でも、とりわけネット集客においては、価格とサービス内容を明確化することが有効であると考えます。
③ 他のマーケティング活動との合わせ技で
ネット集客とはいっても、人的な繋がりが一切なくネットのみから相談を受けるのは、特に対象とするクライアント規模が大きくなればなるほど難しくなってくると思います。そこで、上記のとおりリーチする対象や提供したいサービスを決めたら、その対象やサービスに合わせたセミナーを行うといった方法で人的な繋がりを増やしていくことも有効と思われます。
また、その対象やサービスに合わせた執筆等を行うなど、他のマーケティング活動も併せて行うことで、その領域の専門家としての認知度を高めることも有効かもしれません。さらにいえば、こういった活動が、「実績」として残ることで、上記「1」の「③」や「⑤」で述べた問題を克服する糸口になる可能性も考えられます。
4 老舗事務所こそネット集客をすべきでは?
企業は、個人に比べ、どうしても、弁護士(法律事務所)の実績やネームバリューを重視する傾向があると思います(それ自体は一定程度合理的な判断だと思います。)。
新興事務所は、ネット集客のノウハウがあるところは多いものの、実績やネームバリューにおいて劣ります。私は、むしろ、実績やネームバリューのある老舗事務所がネット集客を行うことで、絶大な効果を発揮する可能性があるのではないかと思っています。
「紛争が生じてしまった場合などの「有事」の際のニーズを狙うという方法」は、僕がHP制作(リニューアル)をお手伝いした事務所でも実践されていました。
一件解決して、信頼されて顧問になる例も多いようです。